不運な人と付き合ってはいけない

「不運な人」の近くにいれば直接間接の影響を受ける確率は高まる



 「不運な人と付き合ってはいけない」という趣旨の原則がインド風水にはあります。私は理にかなった考えだと思います。

 まず、「不運」の定義ですが、辞書によると「運の悪いこと。また、そのさま」だそうです。また、「運」とはなにかというと、「よいめぐりあわせ。幸運」なのだそうです。

 私は一般に言われている「不運」を二つに分類しています。事前に注意していれば回避できる確率が高まるものとそうでないものです。

 回避できる確率が高まるものは「不運」の代表格である交通事故です。これは言わずもがなですが安全を心がけていれば回避できる確率が高まります(だからといってゼロにすることは出来ませんが)。他方、事前に注意しようにも回避できない「不運」の代表は、航空機事故などですがこれはめったに起こるものではありません。

 そう考えると我々の身の回りの多くの「不運」は実は注意していればその確率を減らせるものなのです。

 では「不運な人」とは誰でしょうか。前述の交通事故を例にとると、その確率が大幅に高まる若年者、違反歴・事故歴の多い人などでしょうか。そういう方々は、(もちろん全員ではありませんが)一般的に運転が荒かったり下手だったり順法精神が低かったりする上に夜間に運転することも多く、当然本来は注意していれば遭遇することはあまりないであろう事故の確率は高まります。

 「付き合ってはいけない」という観点からは、皆さんが仮にそうした「不運な人」の近くにいれば直接間接の影響を受ける確率が高まります。精神的な影響も受け得るわけですから自分も事故を起こす、もちろん巻き込まれる可能性も高まるからです。また、その影響は交通事故にとどまることはないでしょう。

 やはり「不運な人と付き合ってはいけない」のです。


豊臣家と徳川家 どちらにつくかで子孫は大違い


 これは他にも当てはまることはいうまでもありません。戦国時代を例にとると仕官する主君によって武士の人生は大きく変わりました。

 例えば敵同士の徳川家と豊臣家では徳川家の家臣団の多くが江戸時代を経て明治大正昭和まで存続し繁栄した一方、豊臣家の家臣団はその逆でした。

 ただし最初は豊臣家の家臣あるいはその側にあったものでも、途中から主君を徳川方に変えたものには生き残っているものもいます。山内家や池田家が有名です。彼らは後ろ髪をひかれつつも泥舟となった主君を見限り結果として現代まで生きながらえています。

 また、江戸時代の大名の約7割が尾張と三河の出身だったと言いますが、その理由は政権を握った徳川家康の家来の多くが単にこの地の出身であっただけです。彼ら全てに(他の地域出身者に比べ)格段に秀でた能力があったわけでは必ずしもありません。家康の「運」のおこぼれに預かったというところでしょうが、悪く言われようとも「運」を見極め場合によっては主君を変える変わり身の早さが彼らを救ったと言えるでしょう。

 しかし、言うは易し、「運を見極める」ことは大変難しいことです。また、それに基づいて行動を起こすタイミングも然りです。もともと家康は三河の一武将にすぎず、天下分け目の関ヶ原の戦いのときでも負ける可能性は十分あったわけですから。いずれにしても誰であっても難しいのが運の見極めです。


人類の歴史は、生き残りの歴史


 実は今生きている私たちは非常に運の見極めの優れた個体の直系の子孫です。運の見極めが優れているから生き残っている、ともいえるでしょう。

 人類の歴史は、生き残りの歴史でもあります。現生人類が最初にアフリカを飛び出したのは約十数万年前と言われています。その理由は積極的なものだったか、消極的なものだったか、あるいはその両方だったかはわかりませんが、いずれにしても生存率は現代のそれとは比較になりませんでした。そのうち、注意していても回避する確率が高くはならない運もあったでしょうし、またその逆もあったことでしょう。

 まず、現生人類誕生の地であるアフリカからユーラシア大陸に移動する時は、目の前に過酷な砂漠かあるいは恐ろしい海がありました。中には飢えや渇き、あるいは溺れて死ぬものもいたでしょう。例えば、現在のシナイ半島周辺にやっとのことで進出した初期のグループは絶滅した可能性が高いようです。

 仮に移動できても、気候、食料とその調達方法、疫病、天敵など新しい環境に変わり、それに適応しなければなりません。厳しく長い氷河期もありました。そうした中、当時の天寿を全うできなかった人も多かったことでしょうし、子孫を残せず、シナイ半島周辺のグループのように絶滅したグループすらあったでしょう。



生存率は宝くじ並み


 そもそも人類そのものが奇跡です。

 皆さんが世界史で勉強されたように私たち現生人類である新人は旧人から枝分かれしました。しかし、その旧人の一種としてヨーロッパから多く化石が出土するネアンデルタール人でさえも直接の祖先ではありません(混血があった可能性は指摘されているようですが)。

 そもそも旧人もアフリカが起源でアジア・ヨーロッパに拡がりましたが、新人になったのはアフリカに残った一部の旧人だけで、残りのネアンデルタール人も含めた旧人は全て絶滅したのです。

 これは旧人の祖先である原人も、そのまた祖先の猿人も同様です。北京原人やジャワ原人に代表される世界中に広がった原人は旧人に進化したアフリカに住んでいた一部のものを除き絶滅しています。アウストラロピテクスに代表される猿人も同様です。

 つまり、数ある猿人から原人に展開(いわゆる進化)したものはごくわずか、原人から旧人に展開したものもごくわずか、旧人から新人に展開したものもごくわずかで、残りは現代までに子孫を残せなかったわけですから、その生存率は宝くじの一等どころではありません。ましてや、高い当時の乳児死亡率から成人に達する割合まで加味すると大変なことになります。

 今生きている私たちの祖先は非常に運がいいのです。



助け合いは生き残る上で不可欠


 我々も含む霊長類は集団を形成し、お互い助け合いながら生存してきました。逆に助け合えない人は、嫌われます。

 そういう人はどうなるのか。

 例えば、個人として能力が高い人がいるとします。身体能力が優れている、頭がいいという人たちでしょうか。石器時代であれば、狩猟能力にたけていることが大切であったでしょう。

 しかし、どんなに能力が高い人でも、一定の確率で自身の力だけではどうしようのない窮地に出会います。そういうとき、好かれている人は、お互い様ということで助けてもらえることが多いでしょうが、嫌われている人を助ける人は少ないでしょう。

 草食動物を追いかけていて、知らず知らずのうちに猛獣に取り囲まれてしまったらどうでしょうか。助けが多い方がいいに決まっています。

 結局、「助け合えない=いざというとき助けてもらえない=損をする=生存できない確率が高い」ことになります。そして、長い目で見ると、その生存できない確率の違いは、その集団の生存そのものも左右することになるのです。

 逆に言うと、「助け合う=いざというとき助けてもらえる=得をする=生存できる確率が高い」という構図が成り立ちます。そして、いま現在、生きている私たちはそういう人たちの直系の子孫なのです。



インド風水ヴァーストゥはサポート


 よく「競争して勝つ」という発想がありますが、私はむしろ逆で、「助け合って生き残る」といった発想の方が人類史観からは正しい気がします。「不運な人とは付き合わない」というインド風水ヴァーストゥに対して少し冷酷に感じられたかもしれませんが、実は、冷酷とは対極にある発想なのです。

 もちろん、インド風水ヴァーストゥの原則を完璧にしたからといって、繁栄するとは言い切れません。しかし、少しはそれをサポートできることは間違いないと私は思っています。